畳屋よもやま話
畳屋の昔話から、ちょっとした本音などをお話しします。
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昔話
米松
米松
2026/09/01
昔話
今日は関東大震災が起った日です。浅草十二階、凌雲閣も被害を受けて半分から上が折れて最上階の4畳半一枚の大畳も無くなりました。我が家は浅草寺に避難して怪我無く済んで良かったのですが家は半壊となりました。 「ガタンと揺…
最後の手縫い床競技会
最後の手縫い床競技会
2026/08/24
昔話
左側のメダルが3代目が昭和13年の競技会で頂いた東京府知事賞です。手縫い畳床製作の掛け縫い畳床製作で2位でした。全国的には競技会を行う地域は少なく、江戸文化の職人達の影響が強かったので、御畳大工に為るためにツケ仕事と…
64州に4っの島
64州に4っの島
2026/08/05
昔話
中継ぎ表の繋ぎ部分です。畳表の目数4目で繋ぎます、この部分をシマと呼びます。通常の中継ぎ表は64目にシマ4目の合計68目で織ります(64州が4つ島で日本国を表していると我が家では教えられました) 手織り中継ぎ表には外…
戸隠神社
戸隠神社
2026/07/16
昔話
信州の戸隠神社です。麻の神様なので一度はお参りに、更に山を越えて鬼無里の麻糸の館の見学から、再び山越えで栂池へ出て糸魚川へ向かい、信州から山口県は遠かったです。 信州在来の蕎麦は香りが良くて旨かったのが最大の…
中継ぎ表の歴史
中継ぎ表の歴史
2026/04/07
昔話
江戸時代の初期に備後で中継ぎ表が作られるようになったそうです。機の発明者は地元のお医者さんだったとか。
関東大震災の後
関東大震災の後
2025/12/09
昔話
蓑張り床の写真です、聞いた話を元に作りましたが縫いが小さいかも? 関東大震災の後に東京の復興工事で東北地方から入って来たそうです、肌菰を使用しない、棒縫いの縦ワラが無いのでコストの安くて畝が張らないと思いますが、畳…
座り機
座り機
2024/09/20
昔話
畳表を織る機(はた)です。作業法は座って織るので、イザリバタと呼ばれるようです。 写真の下側にある、槾(こて)で縦糸を交互にして、竹でイ草を通します。弥生時代の遺跡にイ草の筵の痕跡が残っていますので、足踏みの機が発…
二配なら表側から
二配なら表側から
2024/09/09
昔話
中継ぎ表の裏側です。手織り表は現在では、超高級品ですが、昔は二配表(通常サイズの畳表)程度の畳表は普及品でした。今回は昭和10年代に、3代目が大阪の伯父宅に手伝いに行った時の話です。本引き表(縦糸が麻で織った畳表)…
ノイシュバンシュタイン城
ノイシュバンシュタイン城
2024/02/13
昔話
札幌雪まつりが終わり、ノイシュバンシュタイン城の雪像崩しの映像が流れました。バブルの頃パラグライダーのツアーで訪れた事を思い出します。円が89円の時代でしたが見学料が高くて駐車場で引き返しました。 雪像の森の木が残…
近江表
近江表
2024/01/23
手床
昔話
手縫い床の裏側です。床裏に使用する畳表としては目積織りの丹波裏が残っているようです。この畳表は一目を二本の糸で織る通常の諸目織りで、元来は畳表として織られたのですが、江戸時代になり後発地域の備後表が登場すると近江の…
昔の麻糸
昔の麻糸
2023/11/18
手床
昔話
300年前の糸と近代の麻糸です。重なった上の細い糸が裂いた麻を紡いで作った麻糸で下側の太い麻糸が近代の紡績糸です。昔の手紡ぎの糸の丈夫な事!短い麻繊維で作った紡績糸の糸の太さの半分以下でも艶が残り流石!の一言です。紡…
凌雲閣
凌雲閣
2023/08/30
昔話
関東大震災で倒壊した浅草にあった凌雲閣です。当時、日本一の高さの建物でしたが、レンガ造りなので地震の揺れで半分から上が崩れ落ちたそうです。 最上階に伊藤博文が命名したと言われる望海楼があり、此処に一枚で四畳半の畳が…
畳大工
畳大工
2023/08/24
昔話
戦前の東京では一人前の畳職人に為るには、ツケ仕事と手縫床製作の両方が出来て一人前でした。両方出来て、畳大工と呼ばれたので、業界に入れば、一人前になれる目標に為ったようです。 実務経験15年くらいで畳大工と呼ばれたそう…
ご祖師さまでございます。
ご祖師さまでございます。
2023/07/14
昔話
畳の祖神さまは火遠理命(ほおりのみこと)です。年末まで忙しかった職人さんも、正月が明け、仕事が暇になる頃に祖神祭が行われたようで、小遣いが無くなってきた若い職人さんが、「ご祖師さまでございます」と親方さんに這い出しを…
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